現場だより

フォレストベンチ工法による施工事例を現場よりお届けします

「隣接した裏山崖をコンクリートから緑へ」

神奈川県真鶴町  大久保 明 様

 昨年の5月頃、インターネットで「土砂崩れ」を検索し、フォレストベンチ工法に出会いました。後で考えてみると、それは'自然'からの導きのようにも思えます。考案者の栗原さんは間髪を入れず現場を見に来られ、崩れた箇所の工事のみならず、崩れてない部分の工事もできること、しかも費用はそれまで聞いていた従来工法の半分以下でした。それまでは費用もさることながら、具体的に施工してくれる会社も技術も見当たらず途方にくれていたので、実に有り難いことでした。

 高さ6m弱の裏山崖と自宅との隙間は、元々僅か1mである。それが崩れてきた土石で埋まり、2年半の間は通行不能になっておりました。その土砂を人力で取り除いて元の斜面を復元し、通路を確保しなければ、家屋としての機能が戻りません。しかも崩れてえぐれた崖の上には隣家があり、そのベランダの土台を数本のパイプが支えた恰好でしたので、重機の入る余地がないどころか、その家屋を一旦取り除く必要がある、というのが大方の見解で、従来の工法では全くお手上げという状態でした。

 フォレストベンチ工法の施工法を栗原さんから伺うと、重量物は用いずに崩れた地山から引張り力を確保して土砂を埋め戻し、その力で崩れた斜面を押さえ込むというのです。それはまるで、合気道で言う所の「力を争わず相手と一体化する」所謂"抜き"のようです。半信半疑でしたが事例もあるとのことで、これに賭けてみることにしました。それが何と、僅か1カ月余りの期間で姿を現し、ログハウスのような景観と後ろの通路が開通したのには驚きました。

 それを眺めていて、ふと私の脳裏に八年程前の記憶が甦りました。自宅裏の崖斜面がコンクリートに覆われた時の圧迫感と違和感です。その時の不安感が的中し、約2年半前の豪雨でコンクリート斜面部が崩壊、板壁とガラス戸を破って合気道道場の我が家に土石が流れ込み、暫く移転を余儀なくされたのです。

 私の故郷は東京です。12年前に海と森に恵まれた真鶴半島に引っ越してきたのは、居心地の良い場所を求めてのことでした。おそらく故郷へ帰りたい本能がそうさせたのでしょう。競争社会からの逃避意識も長く私の中にあり、東京より居心地の良い場所をと駆り立てたようです。

 東日本大震災では被災した多くの人が、故郷への想いを再認識したように思います。人は再出発に際し、一度原点に帰ろうとします。その物理的原点が自然です。コンクリートもその原点を探れば、原材料の石灰、砂利、水は、産地の山や川が故郷、即ち地球そのものです。それを人間が化学的に造り変えて、水を通し難く、地震の力を受け易くなったのです。災害大国日本の実情を見ると、自然からの再出発を原点とすべき時が来たと思います。土木における再出発は、山や川など地球と同化して、自然との一体化を貫く、フォレストベンチ工法の時代だと確信します。栗原様、そして工事に当られた大島さん他の方々に、心からの感謝を申し上げます。